日野山 (福井県・越前市)

紫式部が都を離れたことが一度ありました。
それは平安時代に武生(現・越前市)の国司となった父である藤原為時とともに、この地に来た紫式部は、「日野山」を見て、歌にも詠んでいます。
『ここにかく日野の杉むら埋む雪 小塩の松にけふやまがへる』 と故谷崎潤一郎の麗筆で刻句されている。

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紫式部が舘跡は、その後に紫式部公園となって、平安庭園が美しく、この公園から日野山(越前富士)を眺めるには絶好の地とのことで、山に登る前に寄ってきました。
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日野山の登山道は色々あるようですが、今日は平吹コースを選び、日野神社の横に登山口がありました。
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上りは林道を通って、山頂まで登りましたが、残雪もありましたが、普通に歩くことができました。
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795mの低山なのに5合目に室堂があって、驚きました。
ゆっくりペースなので2.8kmを2時間かかりましたが、ウグイスの泣き声も今年初めて聞くことが出来ました。。
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山頂には日野神社の奥の院があり、この山は霊山になっているようです。
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山頂からの展望はいいのですが、今日は霞がかかって、
白山も薄っすらとしか見えていませんでした。
正面に大きく見えていた面白い名前の部子山(へこさん)や銀杏峰(げなんぼう)は、雪が融ければ登る予定をしています。
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下山には上りに使った林道を通らないで、直登(急坂)ですが、此丘尼(びくに)ころがしという面白い名前が付いている登山道を通りました。
昔、この山は女人禁制で女子は登山できなかったのですが、尼僧(比丘尼)がこれに反して登山したところ、ここで神のお怒りにふれて転げ落ちたので、この名が生まれたと伝えられています。
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また、途中で一緒になった地元の方が古道を歩きましょう!と言われて、昔からの登山道を話しながら下ったので、あっと言う間に登山口に着きました。(下り1時間半)
日野山は手頃で、適度に変化もあって、楽しい山でした。
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 北陸道下り線 武生ICの手前に見える日野山
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by hirospace | 2013-03-25 15:38 | 登山 | Comments(2)  

Commented by rollingwest at 2013-03-28 07:24
紫式部が木の芽峠を越えて越前に入っていたとは初めて知りました。平安の上流歌人も結構ワイルドなチャレンジ精神を持ち合わせていたのですね~!
Commented by hirospace at 2013-03-28 16:47
rollingwestさん・・

コメント、ありがとうございます。
木の芽峠もご存知なんですね。
歴史、地誌にお詳しいですね。

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