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仏御前の里に咲く

市内から白山麓に向かう途中に原町という小さな集落があります。
この町は近隣では「仏御前の里」として知られています。
仏御前の墓
たった1本の平凡な桜の木ですが、何故か惹かれるものがあるのです。
桜の咲く時期には必ずここを訪ねて、日記に書いています。
古くからお付き合いいただいている方には、また此処かと思われるかもしれませんが、
しばしお付き合いいただければ幸いです・・。

仏御前の墓2 
小松市の原町で生まれ、京で「白拍子」となった仏御前は時の最高権力者・平清盛に会うため清盛の屋敷を訪れました。
最初は取り合ってもらえなかったのですが、清盛お付の白拍子・祇王のとりなしによって清盛に会うことを許されました。
仏御前は歌を歌い踊りを舞い、清盛にいたく気に入られ、清盛の寵愛を受けるようになりますが、
反対に祇王は清盛に屋敷から追い出されてしまいます。
しかし仏御前は「そのうち私も同じように捨てられてしまう…」と、世の無常を感じ、祇王を追って出家(現・祇王寺)しますが、やがて仏御前は清盛の子を身ごもっていることを知り帰郷します。
その途中、旧吉野谷村の木滑で清盛の子を産むも死産し、故郷原町に着いた仏御前は静かに余生を過ごしましたが、21歳の若さで亡くなったとされています。

仏御前の里
小松市・仏御前の里には個人のお宅ですが、仏御前の位牌や尊像の遺品があります。
また、9月には原町で「仏御前まつり」があって地元の女子中学生が扮して
白拍子の舞を奉納していますが、その凛々しい姿が仏御前を彷彿させてくれます。

◆白拍子(しらびょうし)とは
独特の歌舞を舞った平安時代から鎌倉時代の舞妓。
直垂(ひたたれ)や烏帽子(えぼし)などを付け、男装をして舞いました。

墓の後ろに流れる川べりには当時の栄華を偲ばすように、桜が満開になっていました。

by hirospace | 2006-04-15 20:00 | 風景  

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